して置けば、迎への馬車がK駅迄は仕立てられてゐたのに――と思ひながら、秋草の咲き競ふてゐる河原堤を溯つた。単独でR村を訪問するのはこれが始めてぢやなかつたか知ら? などと考へながら、小暗い森を駆け抜けた。芝の野原にさしかかつた時には、何といふこともなしに過ぎ去つた恋の思ひ出などに脳裏をかすめられたが、駒の鬣に顔を埋めて全速力で疾走した。鞍から飛び降りて、赤土の径を手綱を引いて先に立ちながら、曾て藤屋氏が町の歌妓に想ひを寄せて夜に日を継いで、この径を通ひ詰めた頃の事などを回想した。辻堂のあるすゝきの原に差しかゝつた時には、ヒユウ/\と空に鞭を鳴らして、一刻も速くR村に到達しようと念じた他に想ひは無であつた。
幾曲り幾折にして、漸く私は第二の丘の頂きの鬼塚と称ぶ空怖ろしい名称の峠に行き着いた時は、案外の速力であつたゝめに、日は未だヤグラ岳の真上に高く傾いただけの明るい眺めであつた。
二
谿流の横たはる谷間を越へた森の背後がR村である。私は掌を額に翳して遥の彼方を見降したが未だ村は見へなかつた。猟銃の音が稀に響いてゐた。私は手綱を曳いたまゝ、もう落つき払つて坂道を降り、街を
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