昼なほ薄暗い森があるかと思ふと、急に明るい広々とした芝の野原に出て、この芝生を歌をうたひながら駆け抜けると、此度は物凄いすゝきの蓬々と生ひ繁つた、全く芝居めいた古寺のある荒野に入る――この辺りでは屡々婦女の遭難が伝へられる――そして滑り易い赤土の憂鬱な坂を注意深く昇つて、小山の頂きに出て、漸くR村が指呼の彼方に現はれるのだ。
 私は、K駅の近くの塚田村に住んだことがあるので、此あたり一帯の地理には詳しかつたが、単独でこの道をR村へ向ふのは今日がおそらくはじめてゞあつた。私は、塚田村に立寄つて、知合ひの水車小屋から一頭の馬を借り出した。
 斯う日脚の短くなつた今日此頃のことでは、相当脚を速めて進まぬと、鬼塚の峠あたりで日暮に出遇ふかも知れない――と私は、水車小屋の主に注意されたので、私は駒の手綱を引き締て、脇眼も触れずに路を急いだ。
 遥行手の丘々の彼方に大山脈の連峰が紺碧の秋空にくつきりときり立つてゐるR村は、その連峰の一つであるヤグラ岳の麓に蹲まつてゐるのだ。――私は、予て訪問の時には通知を出しておく約束を無視して出発して来たことに軽い後悔を覚へながら、長い田圃道を行過ぎた。出ぶれを
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