窓から外を眺めた途端、
「やあ、雨だ!」
と叫んだ。その表情に私は、恰も「悲劇」と「喜劇」の分岐点に踏み迷ひつゞけて、ひたすらにガスコンのバラルダに追ひつ追はれつしてゐる私自身の心象の現れを見た如き囚へどころのない雲に似たものを感じた。
「雨――あゝ、雨の音だつたのか、それが私には遠くから響く太鼓と聞えてゐたのですわ。」
メイ子も名状し難い面持で両掌で胸を圧えながら、祈るやうな眼をあげた。――「道理でガラドウ達がやつて来ないと思つたら……」
見霞む野面の果から、激しい雨脚の轟きの音が朦々たる雲を巻き起し風を交へやがては雷鳴を加へて疾走して来た。その雨を衝いて水門に駆けつけた雪太郎が、こんな花束が流れて来たと云つて、私に、全く私の知らぬ名前の花束を渡したが、私はそんなものを験める気分もなく、ぼんやりと窓に凭つて、爽烈な吹き降りの野末をひろく見渡してゐた。一頭の裸馬が、私の眼界の果を水煙りの尾を曳いて一散に横切つて行く後を、一個の黒い人物の点が起きつ転びつしながら宙を飛んで追ひかけてゐた。
不図私は背後に笛に似た歔欷の声を聞いた。止絶れ/\に何か呟いでゐる様子であるが、狂気となつて
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