身の力をこめて、いざ天狗の高下駄が地を離れて雲を蹴らんずる瞬間に、どうん! と、一つ山々に反響させて力一杯太鼓を打ち、続いて、天狗の脚が弾道を描いて地に降りやうとする刹那に、再び、どうん! と、神々しく打ち鳴すのである。と、武者の反対の側に控へてゐる、これは白面の一人の使丁が、携へてゐる一本の撥を擬して、二つ目の太鼓の音が消えると同時に、太鼓の胴を、つまり木材の部分を戛《カツ》、戛、戛ツと拍子をとつて三辺打ち叩くのである。この合奏は天狗の歩みが続く限り、「附け」となつて、いとも厳かに鳴り渡るのである。
「どうん、どうん――カツ、カツ、カツ……どうん、どうん……」
 目醒しい物音は、森を飛び、丘を越えて、八方に、神輿の渡御を知らしむると、待ち構へてゐる村人達は、
「それ、天狗様のお通りぢや/\!」
 と口々に叫びながら行列を目指しておし寄せるのである。そして、この太鼓隊の踵をついて、四人の者に担がれた凡そ一坪位ひの容量の巨大な賽銭箱が控えてゐるのを目がけて、有りがたい/\と伏し拝みながら、四方八方から賽銭のつぶてを雨と降らすのである。この一隊が通り過ぎてしまつてから、凡そ半時も経たないと
前へ 次へ
全43ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング