ほどの重々しい思ひで徐ろに腕組をすると、黙々として胸を張つた。
 柳の木の間から真向きにあたる川上の、恰度流れが悠やかに曲らうとしてゐるところに水門が構へてゐる。――見ると、水門の両端に二人の男が馬乗りになつて、此方を向いて腕を挙げながら切りと何か喚いてゐたが、水車の音にさへぎられて一向に声はとゞかなかつた。その腕の振り動かし具合は、見へざる敵の剣に、今や見事な|巻き落し《ヴオレイ》を喰はして馬上ゆたかに快哉の叫びを挙げてゐる颯爽たる騎士の姿に私の眼に映つたりした。二人の人物は雪太郎の父上である雪五郎と弟の雪二郎である。二人は、終日、水門の両端に相向ひ合つて、水を溜めては堰を切り、流してはまた門を閉ぢて水を溜める仕事に没頭してゐるのである。雪五郎は八十歳に近い年輩であつたが、楽々と斯る労働に堪へ得る程の健康の持主である。私も一度、試みに水門番にたづさはつて見たこともあるが、いざ堰を切る段になつて閂を引き、把手を肩にして満身の力を持つて開門しようとしても、曳哉/\と叫ぶ掛声ばかりが水車の騒ぎよりも壮烈に鳴り渡るばかりで、打たうが叩かうが、それは私にとつては永遠に開かずの扉であつた。加けに
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