らゆる物音は澄明な月の光りに吸ひとられてしまつたやうに絶へ入つて、見渡す限りはるばるとした平原の彼方に三つ四つ点々と瞬いてゐる村里の灯火《ともしび》の中に、やがて彼等の羽ばたきは消へ込んでしまつた。そして、あたりは再び動くものゝ影だに見へぬ渺々とした青海原であつた。――水車小屋は村里を遠く離れた鎮守の森の山裾に蟠まる草葺屋根の一軒家である。
それからといふもの私は彼等の復讐戦を期待して、不断の身構へを忘れなかつたが、
「いゝえ、さう[#「さう」に傍点]なればさう[#「さう」に傍点]なるで、寧ろ此方は平気でありますわ。」
と雪五郎達は云つた。雪五郎は齢こそとつてはゐるが、その腕力は近郷の音に聞えた豪のものであるから、いざとなれば、ガラドウやアヌビス位ひ八人であらうが十人であらうが、ぽんぽんと手玉にとつて水雑炊を喰はせてやる――。
「此処に斯うして坐つたまゝで、ぽうんと窓から河の中へ飛び込ませてやりますよ、ほんの朝飯前に――」
と事もなげに呟いた。凡そ雪五郎は謙虚な心の持主で、かつて自慢気なことを口にした験しはなかつたが、この時ばかりは稍荒々しい息づかひで、太い腕を私に示した。奴等が
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