やかな酒造り業を続けてゐる。
 吹雪川――この水車をくる/\と回して、私達の露命をこゝまでつないできたところの吹雪川の流れを、森をくゞり、谷を渡り、野を越へて、あるときは流れのさまの岩に砕ける水煙りを浴び、またあるときは蔓橋のゆら/\とするおもむきに恰も空中飛行の面白さに酔つて、はるか脚下に咽ぶが如き水音の楽を聴き、迂余曲折、数々の滝の眺めに吾を忘れながら、ゑんゑんと上《かみ》へ上へと溯ると、いつしか「吹雪」は千鳥川と称び代へられて、うらゝかな酒造りの村に到達するのである。
 あの日、私の妻は、アメリカン・ビユウテイのスキー・ジヤケツに身を固め、頭には雪のやうに真白なターバン帽子をいたゞき、ほのぼのとして「春風」に打ち乗つた。お雪は、新しい紺がすりの袷着に赤い帯をしめて、脚絆草鞋にそよそよと、いでたちをとゝのへ、「白雲」に打ち乗つた。「春風」も「白雲」も共に私達の水車小屋の労働馬であるが、その日は特に七福神の舞姿を染め出した真新しい腹掛けを吊つて、朝霧のなかにしやんしやんと鈴を鳴した。そして「春風」の轡は雪太郎が、「白雲」のそれは雪二郎が共々に逞ましい腕により[#「より」に傍点]をかけ
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