し喇叭呑みの乱痴気騒ぎに涌き立つて、バラルダの音に足並みそろへるおもむきは、恰も私達の天狗の太鼓隊につゞいて、おかめ、ひよつとこ、翁、鬚武者、狐、しほふき等々の唐松村の仮面劇連が辻々の振舞酒に烏頂天となつて、早くも神楽の振りごとの身振り面白く繰り込んで来る有様をそのまゝ髣髴とさせる概であつた。――因みにバラルダの大きさは、直径凡そ五碼とあるから、私達の水車の大きさであり、六頭の牛をもつて曳かれ、二十人の使丁に後おしされて、はね吊籠型の投石機《スリング》仕掛になつた大撥で打たれるとの事であつた。それ故その音響の大は私如きの想像にあまつたが、窓下の薄|鈍《のろ》い流れに軋りをたてゝ今にも止まりさうに廻つてゐる水車の影が、情けない痴夢に酔どれた私にはガスコンのバラルダとも見紛はれた。明方の翼に稍ほのあかく染められた彼方の山の頂きを眼ざして、月の白光の波のまにまに打ちつづく私の眼界に現れる大行列は、ガスコンと唐松の崇神者連をごつちやにして、世にも怪奇瑰麗な賑々しい騒ぎであつた。
どうん、どうん、カツ、カツ、カツ!
空一杯、胸一杯に太鼓の音が鳴り響いて、天狗が、牛頭《アービス》が、象が、|山彦の精《エコウ》が、馬が、河童《ニツケルマン》が、|風の神《ゼフアラス》が、|人形使ひ《ピグメーリアン》が、|蝶々の精《サイキ》が、ダイアナがおかめと手を携へて往き、閑古鳥をさゝげた|白鳥の精《レーダ》が笛を鳴らし、榊やオリーブの枝をさんさんと打ち振りながら続いて続いて止め度がない……。轣轆たるバラルダの廻転と、荒武者が此処を先途と打ち鳴らす竜巻村の大太鼓の音が人波を分けて、行列を導いて行く。
私は、声を張り挙げて歌ひつゞける……、
「鏘々として鳴つて玲瓏たり……」
――「おゝ、もうお目醒めになりましたか。雪二郎が朝餉の仕度をして居りますから、どうぞ囲炉裡にお降り下さい。」
窓下からの声で私は、夢から醒めると、朝餉の前の一働きに水門開きに出かける雪五郎と雪太郎であつた。
いつか、もう夜は、ほのぼのと明けて、山は藍色に、野は広袤として薄霧の中に稲むらの姿を点々と浮べてゐるのみであつた。行列は、もうあとかたもなく山上の森に吸ひ込まれて、車の軋りの音も消えてゐる。
「今朝方は、また二寸からの減水で、いよいよ車は水が呑めなくなりましたが、お心はたしかであつて下さいよ。」
と雪太郎が呼
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