ゥたいぢやないか……」
「えゝ――毎年川遊びに事寄せて、竜巻村へ乗り込まうといふのが、私達の計画なんですつて!」
 さうしてゐる間にも、村人は次第に数を増して来て、店は時ならぬ繁昌を呈してゐるらしかつた。――雪太郎が酒樽の車を曳いて、門をくゞつて来るのが見へた。
「お雪は何うした、おういお雪――出陣の盃に酒を注いで呉れ。」村長の亢奮の声がした。「僕は――」、
 と私はベルタの手を執つて起きあがつた。
「朝の沐浴を済せて、直ぐ後を追ふから――と村長へ伝へて呉れないか。」
 私は、斯んな場合に、斯んなことを申し出る自分を、ベルタに対して恥らひを覚へたので、云ふと同時に彼女の不気嫌を期待したのだつたが、彼女は、不図私の顔を凝つと眺めたかと思ふと、投網の袋を背につけたまゝ、私の胸の中に顔を伏せて、わけもなくうむ/\と点頭いてゐた。その時、私の眼底には、あの竜巻村の、あの窓の下を、矢のやうに降つて行く一艘の小舟が映つてゐた。小舟では、鉄砲を抱へた私と、網を携へたベルタが肩を組んで「白雲」の歌をうたつてゐた。
 仁王の腕の影が、私達の脚もとまで伸びてゐた。その影の中に寝転んで、外の騒ぎに耳を傾けて
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