アンの背中に吸ひついてゐた。
だが三木は、丘の上で眺めてゐる青木は、おれが雪子の姿を見出して、それを追ひかけてゐる――と思ひ、更に、仲々大胆な騎手だ! と感歎してゐるだらう――などといふ勝手な得意さを抱いたりしてゐた。
それにしても、何と速かに走るドリアンであることよ、若しや気でも狂ふたのではなからうか?
「――と、すると、おれは救ひを呼ばなければならないが……」
それとも行手に雪子の姿が現れてゐるのかな? そんなら、この勢ひでは忽ち追ひついてしまふだらう――三木は、かうも思つて怖る怖るたてがみ[#「たてがみ」に傍点]の間から前方をすかして見たが、雪子の姿どころか、煙草畑が荒れ狂ふ濤のやうに映るだけで、探し索める隙などは決して得られぬ。
ドリアンが駆ける以上雪子はその行手に居るに違ひないのだ、間もなく追ひつくであらう……。
三木は、かう確信して、ドリアンの駆けるがまゝに任せて、自分は息を殺してその背中に吸ひついてゐた。そして、怖れを忘れるために、雪子に追ひついた時の幸福感ばかりを仔細に想像した。――あたりは一面の煙草畑であつた。丈よりも高い煙草の幹は、団扇のやうな葉を拡げてゐ
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