オンが、その様子を眺めたのを、己れの処女性のために憤激のあまり甕の水を投げつけると、
「ダイアナの裸身を見たと、告げられるものなら人に告げて見よ。」
 と叫んで、パンフアガス、ドシウス、シイロン等と称ぶ護衛の犬を若者に向けて飛びつかせた。
 何故か、三木には、そんな怖ろしい神話が不図思ひ出された。

     三

 三木が丘の上に駆けあがつた時には、もう雪子の姿は見えなかつた。ドリアンが祠の前で草を食べてゐた。
「大変な競技がはじまつたものだな。俺は一体何方に味方したら好いんだらう。……が、まあ兎も角大いそぎで追ひかけないと、逃げ手は君、この山ぢうの路なら何んな草蔭の兎の道だつて弁へてゐるほどのラウデンデライン(森の娘)なんだから、都から来た猟人は忽ちのうちに見失つてしまふぜ。――俺は、こゝで、見晴してゐることにしようよ、この世にも不思議な競走を……」
 青木は、からかふやうな調子でそんなことをいひながら、ドリアンに近寄れないで変な身構へで立竦んでゐる三木のためにその轡をとつた。
 三木は、腕で額の汗を拭ひ、上着を脱ぎ棄てると、眼をつむつて馬上の人となつた。そして彼は、胸の底で、

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