うにして出かけても雪子も雪子で、夜になると帰らずには居られない――何とも因果なことだよ。」
「恋人の名前は?」
三木はせき込んで青木の眼を瞶めた。
「…………」
「その幸福な男といふのは?」
「幸福と思ふか、君は?」
青木は熱い手で三木の手を執つて悲しさうに唸つた。「幸福と思へるんなら、馬位ゐのことであきらめてしまはれる位ゐに淡いプラトニツクの相手の名前を、君が、君自身と想像することは自由だよ。」
十二
「俺達が自分達の話ばかりしてゐるので、雪さんは機嫌でも損じて何処かへ出かけてしまつたのだらうか、朝から見えないが――」
「いや、あいつは親爺が死んだ時でも天気さへ好ければドリアンを乗り廻して来ずには居られないといふほどの奴なんだよ。加《おま》けに競馬が近づいたので此頃ぢや晩まで競馬場で暮してゐる。」
「自分が騎手にでもなつて出るの――」
「競馬にはドリアンなんて出すわけではないが、練習の間だけは――。この山を越すと競馬場だから行つて見ようか。」
「よし、俺も馬を借りて、雪さんと競走でもして見よう。」
「それこそ、到底敵ふ筈はない。――騎手の連中でさへ彼奴には恐れてゐる
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