国へ行かなければならないことになつて、いざ出立といふ場面を考へると、恰でギリシヤ劇にでもありさうな悲壮な情景が浮んで来るのだよ。」
いひかけて青木は、深く呼吸を呑んだ。
……汽車の窓から雪子が半身を乗り出してゐる、汽車路に添つた街道を裸身のドリアンが駆けてゐる、汽車の速度に伴れてドリアンの速力も次第に速くなる……車輪の響と蹄の音と……。
「ドリアンは倒れるまで駆け続けるだらう……ドリアンが昏倒する様を妹は窓から認めるであらう……その時お前は、次の停車場で汽車を降りるか? と俺は、その話になると雪子に訊ねるのだ。無論降りる――と雪子は答へる――それで吾々の一身上に就いての相談は何も彼も頓挫してしまふのが常例なんだよ。想像でなくつてそれと同じ事件が、つい一ト月前にも起つた。昏倒したドリアンは雪子に介抱されると忽ち蘇生してしまつた……雪子はとう/\恋愛も犠牲にして、以来ドリアンと暮してゐる。」
「恋愛事件があつたの?」
「犠牲に出来るほどのものなんだから、プラトニツクなんだけれど……」
「恋人に会ひに行くために出立したんだね。」
「うむ、ところがドリアンが何うしても離れないんだ。逃げるや
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