にかうして愚図々々してゐれば結局雪子は村長家へ行かなければならなくなるかも知れない、雪子はドリアンに対してはそれ程の犠牲心位は持つてゐる……。
「が、それでは雪子が憐れ過ぎる。」
麗らかな朝の陽を浴びながら三木と青木が蜜柑山へ散歩に出かける途中で、青木は変な苦笑を浮かべながら首を傾げた。
丘は一帯に漸く色づきかゝつた蜜柑の樹に覆はれてゐた。三木は、一年前に訪れた時の風景とあたりが全く同じ色彩に映えてゐるのを深くなつかしんでゐた。
三木は、青木のそれらの憂慮に対して何んな言葉を応へたら好いのか途方に暮れながら、それとなく腕を伸して蜜柑の実をもぎとつたりした。――三木は、厩のあるやうな家を自分が持てるか知ら? と思つたり、そんなことを考へる自分の勝手なケチな空想を嘲笑つたりしながらも、何うかして厩のある家を得たいものだ――などゝ夢見た。
「これは、あんまり馬鹿々々しい心配で他人には話せないんだが、どうも雪子の心持がはつきり俺には解つてゐるので、とても閉口するんだよ。」
「馬鹿々々しいどころか、深刻な事件ぢやないか。」
三木は、吾を忘れて苦い蜜柑をかんだ。
「俺は、雪子が何うしても他
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