な、喰べたのか、お前は!」
青木が三木の背後から妹に呼びかけた。が、雪子は急に馬の脚並を速めて丘の頂上へ駆けてゐたので、背後の声は聞えなかつた。
間もなく雪子は、赤松の下に小さな祠のある丘の頂上に達すると、馬から飛び降りて、
「三木さんにも、あげるわ。うまく受けとつて御覧なさい。」
といつたかと思ふと、青黄色い蜜柑を一つ三木をめがけて高く悠やかに投げた。三木は、それを歩きながら片手でうまく受けとつた。
「喰べて御覧な。」
青木が傍らから、
「駄目だよ、喰べられるものか。」
と注意したが、三木は、関はず、皮をむいた。
「雪子は意地悪なんだよ。だまして、そんなものを他人に喰べさせて、酸ツぱがる顔を見ようとしてゐるんだよ。止せ/\。そんな青い蜜柑が喰べられるものか――あゝ俺は見たゞけでも歯が浮いてたまらない。」
青木は更に、そんな風にさへぎつてゐたが、三木は、
「平気だ。」
といつて、いきなり口のなかへほうり込んだ。
二
三木は、蜜柑の酸さに身ぶるひして、
「これは驚いた!」
ペツ! と、思はずほき出した。向方を見ると雪子が手を打つて笑つてゐた。
「ね、三木さ
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