木の妹は、青木の妹の雪子とそれ/″\学生時代からの親しい友達であつた。
「だつて兄さん、そんなことをいつたつて、雪子さんと二人だけで話なんて出来る?」
「…………」
三木は、妹にそんなことをいはれて、そのやうな光景を想像すると、胸苦しいほどの切ない嬉しさに打たれるだけだつた。
明るい芝原の丘があつた――魚の泳いでゐるのが手にとる如くうかゞへるすみ渡つた小川が流れてゐる――蜜柑の山が翼をひろげて小さな村を胸のうちに抱いてゐる――もう、蜜柑が大分色づいた頃に違ひない――あの綺麗な蜜柑畑の丘へ昇つて行きながら、途中で振り返ると和やかな青い海原が池のやうに見降せる……。
三木は、青木の村を思ふと屹度蜜柑の季節が浮かびあがる――自分だけ馬に乗つて丘を昇つて行く先頭の雪子が、馬の背から腕を伸して蜜柑をもぎとつた。酸性の香気に鼻をつかれた! そんな極めて瑣細な印象が事更に鮮やかに三木の記憶に残つてゐる。
「おう! 酸ツぱい!」
雪子は仰山に両肩をすぼませて悲鳴をあげたかと思ふと、とても滑稽な表情をしてチラと後ろを振り返つた――その刹那の彼女の顔が、はつきりと三木の印象に残つてゐる。
「馬鹿だ
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