手綱をとつた傍らに雪子が並び、靴の先で軽く雪子が床を打つと、馬車は速かに動き出した。

     七

 伴れてつても伴れてつてもドリアンは村長の厩から逃げ出してしまふといふ話ではないか、その話を聞いて自分は何だか酷く愉快だつた――三木が、その話をすると雪子は、いきなり、
「それはね、あたしの結婚のことなのよ。」
 と如何にも不平さうに呟いた。
 三木は、想像してゐたことだつたから左程驚きもしなかつた筈なのだが、
「結婚だつて!」
 と思はず訊ね返した自分の声が酷く慌てゝ調子高であつたのに気づいた。
 馬車は月夜の街道を適度の速さで、小川に沿うて進んでゐた。――時々二三人伴れの若者に出遇ふと大概向方から、
「今、お帰りですか、お嬢さん。」
 などゝ声をかけた。
「えゝ、村長の息子なんだけれど――とても、それが、あたしの一番嫌ひな――といふより一番軽蔑してゐる古い型の不良青年なのよ。」
 雪子の話によると、青木の亡父時代の村長家との共同事業のための負債が残つてゐるのださうであつた。そして雪子が縁談を断ると、そんな負債に関することで様々な恩を着せるのであつた。
「あたし、あまり馬鹿々々しい
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