三木は、雪子がこんな立派な婦人になつてゐたのも知らずに、あんな子供らしい追想に耽り、また今日も訪れたならば、いつかのやうに野山へ出かけて共々に飛び廻らう――などゝ思つてゐた自分の考へが、とても無礼なことに思はれた。
 どうして/\、これでは、とても頬などに指先だつて触れることは出来ない――そんなことを三木は突差の間に思ふと、突然奇妙な嫉妬感に襲はれた。
「俺は変に酔つてしまつたよ。家へ帰つてから、ゆつくり話すことにして、それまで馬車の中で眠るぜ。」
 青木は、さういふと毛布をかむつて馬車の後ろの席にごろりと横になつてしまつた。
「チエツ!」
 雪子は舌を鳴した。「気どつたまゝ帰らうと思つたら、御者にさせられるのか! 三木さんはこの頃馬は慣れて?」
「去年だつたかしら――雪子さんの為に酷い目に会つたのは――あれから、口惜しまぎれに乗馬倶楽部などに入つたので、少くとも馬に対する恐怖だけはなくなつた。」
「ぢや御者になつてね。」
「鞭はシートの下に入つてゐる?」
「鞭なんぞ使つてはいけないのよ。――可哀さうぢやないの、ドリアンが――。そんなら鞭の役目で、あたしも御者台に並ぶわ。」
 三木が
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