ひかけて何故か青木は、その話頭を転じてしまつた。――。
「俺も近いうちに東京へ移りたいと思つてゐるよ。そして、雪子と二人で小さな家でも借りて学生々活の続き見たいな生活に入らなければ居られなくなるかも知れないのだ。」
「それあ反対だ。」
と三木は叫んだ。「君の仕事は是非この田舎で相当のところまで完成して欲しいな。」
「さうかね。」
青木は何時も素直であつた。
「俺は、何処だつて関はないが、雪子が……」
その時次の汽車が到着したので二人は会話を中断して、外へ出た。――と何時の間にか青木は、思ひの外酔つてゐて、三木の肩に支へられでもしないと脚もとが怪しいほどであつた。三木は感傷的な声を挙げて、
「青木、どうしたんだい。しつかりしろよ!」
などゝ口走つた。
六
ドリアンの売買についての挿話――村長の息子のうはさ――青木の沈んだ表情……。
三木は、それ等のことで、雪子の身辺に不幸な結婚談が起つてゐるのだらう――と想像したが、青木が、それについては決して積極的に語らうとしないので、三木も遠慮した。
改札口の傍らに立つて二人は雪子の出て来るのを待つた。
「夜になるとバスもタキシーもなくなるので、俺は何時の時でも斯うして妹を迎へに来なければならないんだよ。」
「此処から君の村までの道は、然し、馬車でドライヴするのが最も適当な感じだな、あの景色の中を馬車でのろ/\と往復するのは至極ロマン的で、何時も俺は、それが此処に来ての楽しみの一つだよ。」
「常習者にはさつぱり面白くもないが……」
青木はいひかけて、
「何だ、厭にのろ/\とやつて来るぢやないか、おい、雪子!」
と声をかけた。
すると改札口の四五間先の処で、純白の半オーバを着た、歩き振りの極めてスマートな婦人が、青木の声に応じて腕をあげながら駆けよつて来た。
三木は、眼近くなつても、それが雪子とは思へぬ程であつた。この洋装の婦人なら、列車を降りて来る時から気づいてゐたが――
「しばらく……」
雪子は、こゝろもち顔をあからめて三木に挨拶した。
「すつかり見違へてしまつた!」
三木は、雪子の念入りにブラツシをあてられた睫毛が濡れたやうに沾んでゐるのを見た。西洋風の淡白の化粧が、淡白に見ゆるがために却つて技巧的な念が施されてゐるのを見た。外套の襟から窺はれる露はな胸に、粋な誕生石の胸飾りが見えた。
三木は、雪子がこんな立派な婦人になつてゐたのも知らずに、あんな子供らしい追想に耽り、また今日も訪れたならば、いつかのやうに野山へ出かけて共々に飛び廻らう――などゝ思つてゐた自分の考へが、とても無礼なことに思はれた。
どうして/\、これでは、とても頬などに指先だつて触れることは出来ない――そんなことを三木は突差の間に思ふと、突然奇妙な嫉妬感に襲はれた。
「俺は変に酔つてしまつたよ。家へ帰つてから、ゆつくり話すことにして、それまで馬車の中で眠るぜ。」
青木は、さういふと毛布をかむつて馬車の後ろの席にごろりと横になつてしまつた。
「チエツ!」
雪子は舌を鳴した。「気どつたまゝ帰らうと思つたら、御者にさせられるのか! 三木さんはこの頃馬は慣れて?」
「去年だつたかしら――雪子さんの為に酷い目に会つたのは――あれから、口惜しまぎれに乗馬倶楽部などに入つたので、少くとも馬に対する恐怖だけはなくなつた。」
「ぢや御者になつてね。」
「鞭はシートの下に入つてゐる?」
「鞭なんぞ使つてはいけないのよ。――可哀さうぢやないの、ドリアンが――。そんなら鞭の役目で、あたしも御者台に並ぶわ。」
三木が手綱をとつた傍らに雪子が並び、靴の先で軽く雪子が床を打つと、馬車は速かに動き出した。
七
伴れてつても伴れてつてもドリアンは村長の厩から逃げ出してしまふといふ話ではないか、その話を聞いて自分は何だか酷く愉快だつた――三木が、その話をすると雪子は、いきなり、
「それはね、あたしの結婚のことなのよ。」
と如何にも不平さうに呟いた。
三木は、想像してゐたことだつたから左程驚きもしなかつた筈なのだが、
「結婚だつて!」
と思はず訊ね返した自分の声が酷く慌てゝ調子高であつたのに気づいた。
馬車は月夜の街道を適度の速さで、小川に沿うて進んでゐた。――時々二三人伴れの若者に出遇ふと大概向方から、
「今、お帰りですか、お嬢さん。」
などゝ声をかけた。
「えゝ、村長の息子なんだけれど――とても、それが、あたしの一番嫌ひな――といふより一番軽蔑してゐる古い型の不良青年なのよ。」
雪子の話によると、青木の亡父時代の村長家との共同事業のための負債が残つてゐるのださうであつた。そして雪子が縁談を断ると、そんな負債に関することで様々な恩を着せるのであつた。
「あたし、あまり馬鹿々々しい
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