ひつけで――」
 と空々しくいひ放つた。
「ぢや、村長の家に、ドリアンは買はれたといふわけね。」
「勿論ですよ。」
「誰から買つたの?」
「お嬢さんは呑気ですな。誰からも何もあつたわけのものぢやありませんよ。つまり、あなたのお父さんからさ、ハツハツハ……買つたといふよりは、つまり貸金の利息の、ほんの申しわけに――といふ位のところさ。」
「勝手にするが好いわ。」
 雪子は憤《む》つとして、自分の部屋に引きあげて、窓から様子を見てゐた。
 伯楽が、ドリアンの手綱を引いて門を出て行かうとした時雪子は、吾を忘れて、常々から、ドリアンにだけ通じる意味の最も鋭い口笛を鳴した。――すると、ドリアンは、気たゝましい叫びを発して、突然後ろ脚で立ちあがつた。それを見た伯楽は眼の色をかへて、暴れ馬を取りおさへにかゝつたが、馬のたゞならぬ気合におそれをなして(馬は二人の男に蹄をあげて飛びかゝりさうな勢ひを示した。そして、あべこべに伯楽に向つて追ひかけさうになつた。)一目散に遁走してしまつた。
 が、翌朝雪子が厩に行つて見るとドリアンの姿が見えないのである。しかし雪子は、自信があつたから、落着いて、珍しく乗馬服に身をかためた上で、鞭の先で長靴をたゝきながら散歩に出かけて見た。雪子はむしろ今度は愉快であつた。
 街道に出て不図行手を見ると、村長と息子が馬車に乗つて朝霧を衝いて走つてゐた。後ろ姿であるが雪子には、一ト目でそれがドリアンであることも解つた。雪子は靴音を忍ばせて馬車の後を追つた。
 村長と息子は仲睦まじく肩を並べて隣町の方へ赴くらしかつた。
「村長さん、お早う――」
 雪子はかう背後から声をかけた。同時に馬車はピタリと止つた。
「雪さん!」
 村長と息子は同時に、雪子に同乗をすゝめた。何も彼も知らぬ気な素振りで――。
「あんたに是非買つてあげたいものがあるんだがな、一緒に乗つて町へ行かないかね。」
「お父さんがね、君に指輪と首飾りを買つてやらうといふんだよ。実は、それを買ふために今朝二人で出かけたところなんだよ。恰度好いから一緒に行かう。」
 村長と息子はこも/″\甘言を用ひて雪子の同行をすゝめるのであつた。
「この間の晩のダイビングは面白かつた?」
 あまり息子の態度が白々しいので雪子は、斯んなことでも訊いてやらうかしら――などゝ思つた。

     九

 ――しかし雪子は、いふ
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