」
「そりやア、さうだらう。」と彼は、易々と点頭《うなづ》いた。彼は、細君の場合とは別な意味からでも、いろ/\母の嫌な性質を、それはもう幼少の頃から秘かに認めてゐた。時々彼は、父が外国へなど行つた原因は母にあるんぢやないか知ら? と思つたり、また変に武士の娘を気取つて堪らない切り口上で亭主を説伏させやうとしたりする様などを眺めると、彼はゾツゾツと寒けを覚えて「これぢや親父の奴もさぞやりきれねエだらう。」と父に同情する場合もあつた。
「お父さんがよくお母さんのことを、学校先生なんてしたから変になつちやつたんだとか、先生根生で意固地だとかつて云ふけれど、まつたく変に優しいところと、妙に意地悪のところと別々なのね。」
「うむ、さうだ。」
彼が余り易々と受け容れたので、細君は一寸バツ[#「バツ」に傍点]が悪くなつて、
「けど、十何年も留守居をさせられては誰だつて変にもなるわね。小学校なんかに務めて気を紛らせてゐたのね。」などと呟いた。
「どうだか俺は知らんよ。――だが、つまり生れつきあゝいふ性質なんだらうさ。」と彼は、相当の思想を持つてゐる者のやうな尤もらしい表情をした。
「あなた、妾をどう
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