れ位ゐ許してやれよ。」
彼は、もう酔が廻つてそんなに云つた。それでも一寸兄は迷惑さうな顔をしたが、仕方がなささうに点頭いた。弟は、待ち構へてゐたらしく勝手へ走つてビール壜をさげて来た。彼は、誰にでもいゝから一寸これに類する威厳を示して見たいものだなどと思つた。
「おいおい、コップ位ゐ買つたらどうだい。」
兄の宮田は、直ぐに気持を取り直して彼をからかつた。コップが一つもないので、コーヒー茶碗を弟が持つて来たのだ。
「何によらず僕は買物といふことが嫌ひでね。どういふわけか僕は物を買ふといふことが変に気恥しくつて――」
彼は、気分家を衒ふやうに云つた。
「道理で細君が、うちの人はケチ[#「ケチ」に傍点]でやりきれないと云つて滾してゐたつけ。」
「僕があした海の帰りに買つて来てやらう。」と弟の宮田が云つた。兄貴は横を向いてゐたが突然、
「壜詰はうまくないから、ひとつ俺が酒屋へ行つてどんな酒があるか見て来る。」と云つて出かけた。間もなく、白タカの好いのがあるさうだから頼んで来たと云つて帰つて来た。
「こゝに涼み台を据ゑたのは理由があるんだよ。今晩のうちに選手達は小田原へ自働車で帰るんだつてさ。こゝで見張りをしてゐて、応援してやらうと思つてるんだよ。」
「君は何故帰らないんだ。」と彼は訊ねた。
「いや僕はあした汽船で帰るんだよ。あんな酷い崖道を通るんぢやとても怖しくて敵《かな》はない。ケイベンにしろ自働車にしろ、あれぢや間違ひのない方が不思議だ。」
「兄さんは泳ぎが達者だから船なら平気だらう。」と弟は媚を呈した。
「此間君の親父に往来で出遇つたよ。」
「……」彼は、ゾツとして、だがまさか宮田なんて何も知らないだらうと高を括つて、
「ふゝん。」と白々しく点頭いた。
「君のことを云つてゐたよ。」
「何と!」
彼は、眼を円くした。
「いや……」と兄の宮田は、わざと意味あり気に笑つて「君も、何か失敗したのかね。」
君も――と云つたので弟の方は一寸厭な顔をした。
「いや別に……」
「内容は知らないが、何だか馬鹿に憤慨してゐたよ。信の奴、信の奴、と何遍も云つてゐたぜ。」
「はゝアん!」と彼は、みんな知つてるからもう止して呉れといふ色を示した。
「が、脛囓りぢや何と云はれたつて頭はあがるめえ――」
それはいくらか弟への厭味でもあるらしかつた。斯んな機会に日頃の鬱憤を、大いに洩して
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