な気の毒なアカデミシアンであるらしい。」
僕は、横を向かずには居られなかつた。壁ぎはにあつた鏡にフロラが写つてゐた。彼女は、膝の上の大きな赤革の化粧ケースの蓋をあけて、化粧をしながら、
「自分にはアカデミシアンの胸は全く解らない。」などゝ云つてゐた。
「フロラ――彼に、お前の国流の礼儀作法を教へてやつてくれ。彼は学校を出ると同時にお前の国を訪ねたい希望を持つてゐる故――」
苛めないで呉れ――とでも僕は兄貴に云つてやり度いやうな思ひであつた。
「おゝ、さう――」
とフロラは深重に点頭いた。そして僕に向つて、
「妾の親愛なる友よ、妾はお前に依つて日本語を覚えたい、お前の町の美しさは妾がこれまで訪れた国々のうちで……」
と切りに話しかけたが、僕は一向に答へる様子もないので再び兄貴に向つて、
「彼は英語は話せないのかしら?」とたづねた。
「実用会話だけが特に不得意らしい。」
「まあ、気の毒な。この先、妾と交際したならば、では、随分彼は有益であらう。」
「非常に/\。」
と兄貴は云ふと同時に、最もはやい日本語で僕に、
「何とか云へよ。」と一矢を放つた。
僕は、眼と首を横に振つた。兄貴
前へ
次へ
全5ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング