は僕にだけ通じる程度で、舌を打ち、そしてフロラとの会話を続けてゐた。
 僕は腕を組んで達磨のやうな眼をしてゐるより他に術がなくなつてゐた。そして、二人の会話を聞いてゐるやうな顔はしてゐたが、何も解らず、たゞ時々フロラの横顔を盗み見るだけであつた。
 考へて見ると、僕はこの部屋に現れて以来一言の声すら発してゐないのだ。さう思ふと僕は、そんな自分の存在が自分ながら不気味で、そして癇癪が起つた。
 ……と云ふて、急にこの木兎のやうな男がベラ/\と喋舌り出したら随分変なものだらう、あゝ何うしたら好いだらう……。
 僕は、六ツかしい顔をして、秘かにそんな愚かな溜息を吐き、もういよ/\凝ツとしては居られなくなつたので、そつとごまかすやうにして椅子を離れて逃げ出さうとした時不図熱い耳に兄貴の一言が聞えた。
「彼は FOOLISH――なんだよ。そして時々病の発作が起るらしい。」
「おゝ、さう。FOOLISH……」
 フロラは白い表情で、平然と点頭いてゐた。その声は科学者の点頭きのやうに澄んで、非感情的であつた。
 が、僕が思はず振り返ると、フロラの幾分驚きを含んだ眼が凝ツと僕の顔を眺めてゐた。――僕は
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