。」
 と、僕も噂にだけは聞いてゐたアメリカ娘を紹介した。噂に聞いてゐた時よりも、ずつと美しいので僕は内心酷く驚いてゐた。
「おゝ、ジロウ――お前のことは予々《かね/″\》お前の兄から……」
 フロラは流暢な自国の言葉で、洗練された愛嬌を振りまきながら腕を差し出した。それだけ解つたゞけで、何んな言葉を云つてゐるのか僕にはさつぱり解らなくなつてしまつたが、辛く微笑を湛へて恭々しくその手だけはとつた。
(僕は、第一印象だけで、彼女に深く想ひをかけてしまつた自分が可笑しく、そして憂鬱であつた。)
 僕は、椅子に腰かけたが絶対に言葉がなく、煙草ばかり喫してゐた。
 兄貴とフロラは絶え間なく会話を続けてゐたが、不図娘は僕を意味して、
「彼は――」と兄貴にたづねた。僕はドキツとしたが、努めて平気さうに己れもまた長閑な会話者であるかのやうな表情を浮べてゐたのであるが――。「彼は何|故《ゆゑ》にあの如く黙つてゐるのか、何か不機嫌な理由でもあるのか?」
「おそらく――」
 と兄貴は人の悪い嗤ひを浮べて云つた。「レデイの美しさに圧倒されてゐるのだらう。彼は、自ら交際下手であることを自慢に感じてゐるといふ風
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