み肩をいからせて、仁王となつて歩廊の彼方を睨んでゐた。二人は、夕暮時から終列車までの間を毎日此処に現れて腕を組んでゐるのだ。
 未だ終列車までは二つも残つてゐる時間であつた。――まばらに人が降りて、九郎の姿は現はれなかつた。二人の者は、無言で私の手をきつく握ると、今にも涙でも滾れさうな眼を堪へて、駅を走り出た。そして露路裏の横町に曲ると、二人は軒を連ねて並んでゐる居酒屋とカフエーに別々に入るのであつた。私は禁酒中だつたから八郎の後を追つて、珈琲店の扉を排した。だが其処の卓子にも酒の用意があつて、然も八郎は飲酒中に、盃をおいて停車場へ赴いたのと見えて、古い盃を再びとりあげるのであつた。コツク場の窓から亭主が顔を突き出すと、八郎の背中を指差しながら私に向つて、九郎さへ帰れば支払ひは即坐だ――といふことばかりを八郎は一日に十辺も繰り返して、盃を重ねてゐるが、斯う九郎の帰りが遅いところを見ると、非常に心配で堪らない旨を告げた。
 八郎は、物薄い調子で卓子を叩きながら、七郎のロマンテイシズムなるものが、如何にあやふやなものであるか、といふことに就いて、私の女房をとらへて切りに罵倒してゐる最中で、
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