じゆんしてゐた。漁屋の納屋であつた。麦畑の岡の裾を崖ふちに添つて、三つも迂回して、岬の中腹まで辿らなければならぬ道程だつた。
「Ossian!」
と叫んで、彼女は靴の先で扉を力一杯に蹴つた。私は、ぎよつとして椅子から跳びあがつた。私は、書物やら、ネクタイやら、ジヤケツやら――枚挙のいとまはありはしない、何とまあ埃を浴びた数々のがらくたが無暗と散乱してゐる暗くて狭い部屋であることよ!
「憤らないで待つてお呉れよ――今、窓を開けて、直ぐに油の鑵を見つけ出すから、そして独りで行つて来るよ。水車小屋の牡馬《ドリアン》は、もう厩に入つたか何うか、ほんとうに済まないが見て来てお呉れよ。」
私は、サアベルを踏んで飛びあがつたり、真鍮のラツパに躓いてよろめいたりしながら、陰気な窓掛を払ひ除けた。そして、射し込んだ月の光で、寝台の下に転げ込んでゐる油壺を四つん這ひになつて辛うじて探し出した。
街道に降りて見ると、米俵や枯草を積むための二輪車をつけたドリアンの首に凭りかゝつて女房は口笛を吹いてゐる。
「どうせ、もう一度ドリアンは空車で納屋まで行くところだつたの――御者は悦んでお湯へ行つたよ。」
崖
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