下げ終わり]
部屋が舟となつて揺れてゐた。舟は、陸へ向つて打ち寄せる怒濤に逆つて帆を挙げてゐた。ぼろぼろの三角帆であつた。波頭に巻かれて、舟は宙に回転した。帆の、はためきの音が風を切つて雄叫びを挙げてゐた。
私は、自然に対する反逆の言葉を索めつゞけて来た。実にも慌しく日夜が過ぎてゐた、実にも空虚な私の心象の前で――。
「入つても好いの、Ossian? 真つくらぢやないか、灯りをつけたら!」
扉の外で女房の声だつた。
「扉を開けて御覧よ。月あかりの明るさに驚くだらうよ。」
私は、風琴を胸の上に載せて、眼をつむりながら答へた。
「Ossian! ――妾は嫌ひなんだよ、夜だといふのに灯りもついてゐない部屋に、二人の姿を見出すなんていふことは――。そんなぜいたくな夢は――」
彼女の言葉は、口のうちに消えた。
ランプは、油がきれてひとりで消えたのであつた。
「ぢや、妾が納屋へ行つて貰つて来るわ、容器《いれもの》を出してお呉れ。」
その時、私は強ひて灯りを欲しいとは思はなかつたのだが、あんな遠くまで! と気づいたので、慌てゝ、
「欲しければ自分で行つて来るが……」
と、未だしゆん
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