が! との事であった。
「立ち返るとも立ち返るとも、僕のゼーロンだもの。」
 私は寧《むし》ろ得意と、計り知れない親密さを抱いて揚々と手綱を執った。
「一日でも彼奴の姿を見ずに済むかと思えば却《かえ》って幸せだ。」
 主は私の背後からゼーロンを罵《ののし》った。私は、私の比《たぐ》いなきペットの耳を両手で覆《おお》わずには居られなかった。――ゼーロンの蹄の音は私の帰来を悦んでいるが如くに朗らかに鳴った。私の背中では、薄ら重い荷がそれにつれて快く踊っていた。ゼーロンのお蔭で私は、苦もなく龍巻村へ行き着けるであろうと悦んだ。――これまで水車小屋の主は、経川の作品を売却する使いを再参自ら申出て、街《まち》へ赴《おもむ》くとそれを抵当にしてあっちこっちの茶屋や酒場で遊蕩《ゆうとう》に耽《ふけ》っては、経川に面目を潰《つぶ》すのが例だったが、相変らずさようなことに身を持ち崩《くず》していると見える。今日も私が、経川の作品を持参したというと、小踊りしながら袋の中を覗《のぞ》き込んだが、期待に外《はず》れて非常に落胆した。
「お前の主が経川の作品を携えて街へ行く時には、お前はいつでも木馬になってやる
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