「牛」か「※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]」であったならば今ここででも即座に売却して久し振りに愉快な盃《さかずき》を挙げることも出来るのだが「マキノ氏像」ではどうすることも出来ない、早く片づけて来給え、それから帰りには近頃経川が「馬」の小品をつくったそうだから、そいつを土産《みやげ》に貰《もら》って来て呉れ、質にでも預けて飲もうではないか! などと云いながら、私に新しい寒竹の鞭を借そうとした。
「ゼーロン!」
 私は、鞭など怖ろしいもののように目も呉れずに愛馬の首に取縋《とりすが》った。「お前に鞭が必要だなんてどうして信じられよう。お前を打つくらいならば、僕は自分が打たれた方がましだよ。」
 主の言葉に依《よ》ると、ゼーロンの最も寛大な愛撫者《あいぶしゃ》であった私が村住いを棄てて都へ去ってから間もなく、この栗毛《くりげ》の牡馬《おすうま》は図太い驢馬の性質に変り、打たなければ決して歩まぬ木馬の振りをしたり、殊更《ことさら》に跛《びっこ》を引いたりするような愚物になってしまった、実に不可解な出来事である、今日図らずも私を見出して再び以前のゼーロンに立ち返りでもしたら幸いである
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