れは?」
私は思わず、眼を視張って、賛意の動いた趣きをコリント式の体操信号法に従って反問した。
「生家に売れ、R・マキノの像として――。寸分違わぬから疑う者はなかろう。」
Rというのは十年も前に亡《な》くなったあの肖像画の当人である。私の放浪も十年目である。
「なるほど!」
名案だ! と私は気づいたが、同時に得も云われぬ怖ろしい因果の稲妻に打たれて、私はおそらく自分のと間違えたのであろう、ゼーロンの耳を力一杯つかんだ。そして鞍から転落した。
「走れ!」
と私は叫んだ。
私は、ゼーロンの臀部を敵に激烈な必死の拳闘を続けて、降り坂に差しかかった。驢馬の尻尾《しっぽ》は水車のしぶきのように私の顔に降りかかった。その隙間からチラチラと行手を眺めると、国境の大山脈は真紫に冴えて、ヤグラ嶽の頂きが僅《わず》かに茜色に光っていた。山裾一面の森は森閑として、もう薄暗く、突き飛ばされる毎にバッタのように驚いてハードル跳びを続けて行く奇態な跛馬と、その残酷な馭者との直下の眼下から深潭《しんたん》のように広漠とした夢魔を堪えていた。――背中の像が生を得て、そしてまた、あの肖像画の主が空に抜け出て、
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