ースは畦道の小川まで伸びて、それに綱引きのように人がたかっている。そして間もなく細い水煙が軒先を目がけて、ほとばしっていた。ポンプをあおる決死の隊員の掛声が響いて来た。
「俺に応援に来いとでも云うのかしら?」
……「おうい、ゼーロンの乗手……こっちを向いてくれ、頼みがあるぞ!」
と聞えた。私は、鬣の中に顔を伏せながら薄眼で、そっちを覗いた。――よくよく見ると、梯子の男は、森の、あの喫煙家だった。巧みに消防隊の一員に身を窶《やつ》している。そして、彼は半鐘打ちに代って、鐘を叩いているが、人々は消防に熱中しているので、その鐘の打ち方が、彼が輩下の者と連絡をとるための暗号法に依っているのに気づこうともしない。
鐘の合間を見ては彼は、頻りと腕を振って私を呼んでいる。また、電報式に叩く鐘の暗号法を判断すると、それは私に、好くお前は帰って来たな、俺はこの頃大変寂しく暮しているから、これを機会にしてもう一遍仲間になってくれ、先ず今日の獲物を山分けにしようぜ――と通信しているのであった。
「鎧《よろい》をとり戻したぞ」と彼は告げた。それはある負債の代償に私が地主の家に預けた私の祖先の遺物である。
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