脈にその腹を蹴り、鬣に武者振りついて、進め、進め……と連呼した。
漸くゼーロンも必死となった如く、更に高《ハイ》ハードルを跳び越える通りな恰好で、弓なりに擂り鉢のふちを駆け続けて、いよいよ降り坂の出口にさしかかった。――振り返ってみると村の半鐘は出火の合図だったのである。地主の納屋《なや》のあたりに火の手があがって、旗を先頭におしたてた諸方の消防隊が手おしポンプを曳いて、八方から寄り集ろうとしている最中だった。ラッパが鳴る。喚き声が聞えて来る。折悪《おりあし》く井戸換の最中だったので、水が使えないので、火消隊の面々は非常に狼狽して、畦道《あぜみち》の小川までホースを伸ばそうとしているらしい。一隊の所有するホースでは長さが不足して、小頭らしい一員が火の見の梯子を昇って行くと、帽子を振りながら遠方の一隊に向って、
「ホース……ホース……」と叫んでいるのが聞えた。火の手は納屋から母屋《おもや》に攻め寄せたらしく、煙が暫《しば》し空に絶えたかと思うと、間もなく真白になって軒の間からむくむくとふき出した。
「ホース……ホース……ゼーロン……」
梯子の男の声が不図そう私に聞えた。見るともう、ホ
前へ
次へ
全33ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング