気に当てられて貧血症に襲われるところからかかる迷信的な挿話が伝っているのだろうが、実際私達にしろこの坂に達した時分になると余程《よほど》自分ではしっかりしているつもりでも神経が苛々《いらいら》として来て、藪蔭《やぶかげ》で小鳥が羽ばたいても思わず慄然として首を縮め、今時狐などに化されて堪《たま》るものかと力みながらも、一般の風習に従って慌てて眉毛を唾で濡《ぬら》さぬ者はなかった。
ここもかしこも私は今日はゼーロンの駿足に頼って一気に乗り超える覚悟で、兼《かね》て決心の手綱を引き締めて出発して来たのだが、こうそれからそれへ、とぼとぼと擂鉢のふちをたどりながら行手の難路に想《おも》いを及ぼすと夥しい危惧の念に打たれずには居られなかった。折も折、夜来の雨が今朝晴れて、あたりの風景は水々しいきらびやかさに満ち溢れ、さんらんたる陽《ひかり》は実《げ》にも豪華な翼を空一杯に伸べ拡げてうらうらとまどろんでいるが、それに引きかえ、不断《ただ》でさえ日の眼に当ることなしに不断にじめじめと陰険な渋面をつくって猜疑《さいぎ》の眼ばかりを据えているあの憎たらしい坂道は、どんなにか滑り易い面上に、意地悪な苦笑
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