いる。で、夢見心地でこの広々とした原っぱを通り過ぎると、間もなく物凄い薄《すすき》の大波が蓬々《ほうほう》と生《お》い繁《しげ》った真に芝居の難所めいた古寺のある荒野に踏み入る筈だ。ここでは野火に襲われて無惨《むざん》な横死を遂げた旅人の話が何件ともなく云い伝えられているが、全くあの荒野で野火に囲まれたならば誰しも往生するのが当然であろう。秋から冬にかけては村々は云うまでもなく森の盗賊団でも火に関する掟が厳重に守られているのは道理だ。
 さてこれらの不気味な道を通り越しても更に吾々は休む暇もなく、今度は爪先上りの赤土のとても滑り易《やす》い陰気な坂をよじのぼらなければならない。この坂は俗に貧乏坂と称ばれて近在の人々にこの上もなく忌み嫌《きら》われている。というのはこの坂にさしかかると懐中《ふところ》の金袋の重味でさえも荷になって投げ棄ててしまいたくなる程の困難な煩らわしい急坂だからである。その上このあたりには昼間でも時とすると狐狸《こり》の類《たぐ》いが出没すると云われ、その害を被《こうむ》った惨めな話が無数に流布されている。怖ろしい山径をたどった後にここに差しかかる頃には誰しも山の陰
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