を湛《たた》えながら手ぐすね引いて気の毒な旅人を待ち構えていることだろう!――私は、この坂道と戦うための用意に自分のとゼーロンのと、一束にした草鞋《わらじ》と一歩一歩踏み昇る場合の足場を掘るためのスコップとを鞍の一端に結びつけて来たのであるが、今、それが私の眼の先で、ゼーロンの跛の脚どりにつれてぶらんぶらんと揺れているのを眺めると胸は鉛のようなもので一杯になってしまった。
 私はギヤマン模様のように澄明な猪鼻村のパノラマを遠く脚下に横眼で見降しながら努めて呑気そうに馬追唄を歌って行った。村の家々から立ち昇る煙が、おしめども春のかぎりの今日の日の夕暮にさえなりにけるかな――と云いたげな古歌《うた》の風情《ふぜい》で陽炎《かげろう》と見境いもつかず棚引き渡っていた。夕暮までには未だ余程の間がある。こんなところで夕暮になったら大事だ――だが私は、霞《かす》むともなくうらうらと晴れ渡った長閑《のどか》な村の景色を眺めると思わず陶然として、声高らかにさような歌を節も緩やかに朗詠した。そして更に眼を凝らして眺めると村道を歩いて行く人達の、おおあれはどこの誰だ――ということまでがはっきりと解った。枯
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