く静かな独《ひと》り歩きを試みせしめた。先に立たせて歩かせてみるとゼーロンの跛足は私に容易ならぬ不安の念を抱かせた。私は水車小屋で貰って来た水筒の酒をゼーロンの口に注ぎ込んだり、蹄鉄を験《しら》べたり、脚部を酒の雫《しずく》で湿布したりして行手の径のための大事をとった。なぜならこの擂鉢を乗り超えて次の谿谷に差しかかるとそこは正《まさ》しく昼なお暗い森林地帯で、この森深く逃げ込めば大概の悪人は追手の眼をくらませることが出来るという難所である。ここには浮浪者の姿に身を窶《やつ》した盗賊団の穴居が在《あ》って、私はその団長で、煙草《シガレット》を喫《ふか》すのにピストルを打ってライターの用にし馴《な》れている拳銃使いの名人と知り合いだったが、私がなんの言葉もかけずに都へ立去った由を聞いて彼は憤激のあまり、私を見出し次第、ポンと一発あいつ奴《め》を煙草の代りに喫してやらずには置かないぞ! といき巻いているとの事であったから、私はその怖ろしいライターの筒先に見出されぬ間にここを横断しなければならない。それにはゼーロンの渾身の駿足が必要だったからである。それでなくともこの森を単独で往行した人物は古
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