漸《ようや》くの思いで塚田村を無事に通り越すと、今度は、丘というよりは寧ろ小山と称《い》うべき段々の麦畑が積み重って行く坂を登って、猪鼻村に降りるのである。私は、鬣の中に顔を埋めてその凸凹《でこぼこ》の激しいジグザグの坂を登りながら、跛馬は平坦な道よりも寧ろ坂道の方が乗手に気楽を感ぜしめるという一事実を見出したりなどした。丘の頂に達すると眼下に猪鼻村の景色が一望の下に見降せるが私は、この頂を丁度巨大な擂鉢《すりばち》のふちをたどるように半周して、一気に村の向い側へ飛び越えるつもりであった。――そうすれば、その先は全く人家の跡絶えた森や野や谷間の連続で、常人にとっては難所であるが私には寧ろ気軽になる筈だった。然《しか》しそれらの行手の径を想像すると私は最早《もはや》一刻の猶予も惜まねばならなかった。日は既に中天を遠く離れて、紫色のヤグラ嶽の空を薄赤く染めていた。道は未だ半ばにも達していないのだ。私は、懸命にゼーロンを操りながら綱渡りでもしているかのような危い心地で擂鉢のふちをたどりはじめた。先々の道ではどうしてもゼーロンの従順な力を借りなければならぬことを思って私は鞍から降りて成るべ
前へ 次へ
全33ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング