銅鑼《どら》と掻き鳴らす乱痴気騒ぎの風を巻き起してここを先途と突進した。なぜなら私は、或る理由でどんな村人に出遇っても具合の悪い状態であったから、本来ならば最も速やかな風になってここらあたりは駆け抜けてしまわなければならなかったのである。それ故塚田村でもその村道を選べばこんな河原づたいをするよりは倍も近道であったが、余儀なくかなたの鎮守の森を左手に畦道《あぜみち》を伝って大迂回《だいうかい》をしながら凡そ一里に近い弧を描いた。そして次の猪鼻《いのはな》村を目指しているのであった。私はあちこちの段々畑や野良の中で立働いている人々が、この騒ぎに顔を挙げようとするのを惧《おそ》れて、人々の点在の有無に従って、交互に慌《あわただ》しく己れの上体を米つきバッタのようにゼーロンの鬣の蔭に飜しながら尊大な歌を続けて冷汗を搾った。この不規則に激烈な運動につれて背中の荷物は思わず跳ねあがって私の後頭部にゴツンと突き当ったり、背骨一杯を息も止まれと云わんばかりにハタきつけたりしたが私は、やがて到達すべきピエル・フォンの「森蔭深き城砦の」饗宴《きょうえん》の卓を眼蓋の裏に描きながら、この猛烈な苦悶に殉じた。
前へ 次へ
全33ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング