の頃のお前は村の居酒屋で生気を失っている僕を――」と殊更にその通りの思い入れで、ぐったりとして、恰も人間に物言うが如くさめざめと親愛の情を含めて、
「ちゃんとこの背中に乗せて、深夜の道を手綱を執る者もなくとも、僕の住家まで送り届けてくれた親切なゼーロンであったじゃないかね!」と掻《か》きくどきながら、おお、酔いたりけりな、星あかりの道に酔い痴《し》れて、館へ帰る戦人《もののふ》の、まぼろしの憂ひを誰《たれ》ぞ知る、行けルージャの女子達……私はホメロス調の緩急韻で歌ったが、ゼーロンは飽くまでも腑抜《ふぬ》けたように白々しく埒もない有様であった。鈍重な眼蓋《まぶた》を物憂《ものう》げに伏せたまま、眼《ま》ばたきもせず真実馬耳東風に素知らぬ姿を保ち続けるのみだった。そして、翅音《はおと》をたてて舞っている眼の先の虻《あぶ》を眺めていたが、不図其奴が鼻の先に止まろうとすると、この永遠の木馬は、矢庭《やにわ》に怖ろしい胴震いを挙げて後の二脚をもって激しく地面を蹴り、死物狂いであるかのような恐怖の叫びを挙げた。私も、思わず彼のに追従した悲鳴を挙げて、その首根に蛙のように齧《かじ》りつかずには居られ
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