止めて此方に向つて、わけもなく帽子を振つてゐた。
 春で――皆な感傷的になつてゐるな! などゝ思つて、私はドンと一つ自分の胸を打ち、
「好い天気だね――G君!」
 と突調子もない大きな声をおくつた。

     三

 次に私は、
「気分でも悪いのですか?」
 と優しい声に呼ばれた。
「あツ、清子さんか?」
「斯んな真ツ直ぐな道を、両方から歩いてくるのに、あなたツてば、突き当らなければ気がつかないんですもの!」
 漁場主の娘である。――「何を考へながら歩いていらつしやるの?」
「いゝえ、陽がまぶしいからさ……」
「あたしもね、あし音をわざとたてないやうに、そうツと歩いて来たのよ。何時まで気がつかないだらうツか――と思つて?」
「そうツと歩かなくつたつて、こんなやはらかな草の上を、加《おま》けにそんな草履で歩いて来られゝば解りつこないさ。」
「だから危いことよ、真ツ直ぐ前を見て来なければ――。ワツ! と驚かしてゞもあげれば好かつたわね。」
「冗談ぢやない。」
「あたし今迄納屋で、あなたを待つてゐたのよ。何か本を借りたいと思つて……」
「何もなかつたでせう。」
「探したりなんてしやしません
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