の芝居が円満に成就することを祈る! といふしるしのために――だつてさ。」
「チエツ! 笑はせやがる、――」
と私は呟いたが、まんざら悪い心地からではなかつた。
「Gさんが迎へに行つた写真屋が、もう間もなく町から到着する時分よ。」
近い都へ行くのであるが、送る! といふのは何だか悲しい、で、斯んな芝居を考へたのである……。
「笑ひたければ、たんと笑ひなさい。」
「決して笑はぬ。有りがたう!」
と私は、厳かに剣を振つて挙礼した。
「好い思ひつきだつたでせう?」
「隣りの町の酒場へ行く時と、そんなに変らない気持で行きなさいね。」
二人の娘が次々に得意の風を吹かせて、
「行つていらつしやい!」
「御気嫌よう――何処まで一緒に送つて行きませうか。」
などゝ云ひながら、左右から甘い眼差をあげて私に凭りかかつたので、私は、切なさうに喉を鳴し、あの芝居の中の、
「斯んな月夜の晩に君等と一緒に出かけるならば――」
……の科白を、発声して、二人の学生の奇智を賞讚するのあまりに博士が彼等を抱きあげて接吻する劇中の場面と同様のクライマックスで、交々に二人を引き寄せて感激の情を露はにした。
五
「僕は、そんな戯曲を半分ばかり書いたゞけで、R漁場の半年あまりの生活を引きあげたのであるが……」
「道具建が変つて、書けなくでもなつたといふのか――。早速メイちやんにでも清さんにでも来て貰つたら何うなのさ。」
と都の酒場で会ふ私の友達が、彼女等の来京を促した。それは私の生活が幾分でも落ついたら先づ清子が都に来て、職業婦人か或ひは再び学生々活を続けたいから――といふやうなことを、私は娘に頼まれてゐたので、そんなことを時々私が更に友達に告げたりすることがあるからなのだつた。然し、私の「生活」はさつぱり「落着く」段にはならなくつて、その上私は久し振りの東京生活が面白くて始終ふは/\と飛び歩いてゐるばかりだつたので、
「否《ノー》――」
と云はずには居られなかつた。――「メイや清さんのことは忘れなければならない、僕は――。斯んな酒場に現れて斯んな風に酔つ払つてゐると、戯曲も何もあつたものぢやない、俺は何だか夢のやうだ、R漁場の俺の展望室が装ひを凝して、太平のトロヤとなり、凱旋をした木馬が、その腹の中の部屋を兵士の饗宴場として夜に日をついだ――そんな、有頂天を覚ゆる……おゝ、此処には斯んな綺麗なメイちやんがゐる、斯んな素晴しいマーガレットがゐる!」
私は、兵士の歌を口吟み、凱旋の踊りを誇示して従順な酌女の傍らに寄り添ふと、その美しいみめかたちに見惚れて陶然とするのであつた。
そして稍ともすれば、常に侍女として従へてゐる細君に、
「何ですね、あなたは!」とか、
「あまり、あの人達の傍に寄り過ぎて、でれ/\なんてすると酷い目に会せるよ。」
などゝ白眼をもつてたしなめられ、漸く吾に返るやうなことが屡々だつた。私は、驚いて、
「悪く思はないで呉れ。突如この煌めかしい街に現れて、何うして心踊らずに居られよう。――さあ皆なで、踊りに行かうではないか。」
「おい/\、凱旋気分ぢや困るよ。――出陣なのだ。――会議だ。」
と友達は私を制御した。彼等は、新しい雑誌の許に、花々しい芸術運動を興し、その同人会を夜毎に繰り返し、私もその一員に加へられたのであつた。
――会議だ! といふ言葉を聞くと私の胸には、あのR漁場の生活が猛々しく回想されて不思議な力を覚えた。
私は、
「では、酔を醒さう、そして頭を冷たくしよう。」と呟きながら、その酒場の片隅の小窓をあけた。大きなビルヂングの地下室にある酒場で、辛うじて窓から首を出して空を仰ぐと、黒い建物と建物に挟まれた細い空が、青い巨大な帯のやうに望まれた。
「星月夜だよ。叱ツ、木馬はトロヤ城の近くに進んでゐる。」
「さうだ、その意気で俺達同人は新しい雑誌を盛りたてながら、新作にとりかゝらう。」
六
ある日私と細君は東京駅で、メイ子を迎へた。
「昨夜《ゆうべ》の電話では、清さんも一緒の筈ぢやなかつたの?」
「えゝ、……でも急に……」
メイ子が云ひ渋つたので私は別段諾きもしなかつた。
「ね、先に、踵の高い靴を買つてよ。」
「ぢや、二人で二時間ばかりの間で、メイの仕度をして来ると好い。――僕は、いつもの地下室のタバンで待つて居るから――。それにYのオフィスは、あの建物の六階にあるんだから恰度好い。」
Yといふのは商業に従事してゐる私の友達で、私は清子を其処のタイピストに頼み込んだのである。メイ子は清子の代りに、その返事を聞きに来たらしい。
「ぢや大忙ぎで行つて来るわ。」
細君が娘の手をとつて立ちあがると、メイ子は、腰掛の隅に立てかけてある変に細長い箱を指差して、
「これを持つて来て上げましたわよ。」
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