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[#5字下げ]二[#「二」は中見出し]
「直ぐに解つて?」
昨日でも会つた人のやうな調子で樽野の女房は、親し気にわらつた。お蝶は、吻《ほ》ツとする共に急に胸が一杯になつて直ぐには口が利けなかつた。
「え、直ぐに――」と云つた。
直ぐに解つたどころではなかつた――終ひには俥屋までが舌を鳴した。――「この先きはもう畑ばかりで家なんてありませんぜ。」
「あの、西洋館みたいな家ぢやないかしら。」
「あれは何某《なにがし》さんといふお宅ですよ。」
この横町の前なら、とうに通つたのであつた。停車場から割合に近いところだつた。引き返した道々、ふつとこの長屋の角の家を見ると、名刺の裏か何かに「タルノ」と片仮名で書いた紙片《かみぎれ》が貼つてあつたのを、お妙が見出したのであつた。
袷では汗が滲むほどの陽気だつた。花季が過ぎたばかりだといふのに、この陽気はまつたくどうかしてゐる、この二三日来の馬鹿陽気はまるで夏だつた。
いくら頼む/\と訪れても何の返事もないので、お蝶が縁側の方へ廻つて見ると、開け拡げた座敷に男が二人グウ/\と眠つてゐるところだつた。
「まあ、無用心なこと、誰もゐないのに
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