かつた。性《しやう》は、とつくに悟られてゐて、反《かへ》つて冷かされたのではないかしら(お嬢さん、だつて!)――お蝶はそんな気がした。
 と、称ばれたお妙も、顔をあかくして可哀相にチラリとお蝶の眼をわけありさうに見た。平気に――とお蝶は眼で合図した。そして、努めて慎ましやかにその花見の人に愛想を述べた。
――「ア――といふ停車場は、まだ余程先きでございませうか?」
「ア――? ……君、知つてゐるか?」と、その人は伴れを振り返つた。
「ア――だつて? 知らないな。」
 ……お蝶は、凝つと眼を視張つて、お妙と顔をならべて、窓の外を見守つてゐた。二人は物も云ひ合はなかつた。――汽車路を走る電車なのだが、いやにこせ/\と走つたかと思ふと直ぐに停車場だ。止つたかと思ふと直ぐに走り出す。始めて乗る人などは、眼中にもないやうな、そんな気がした。
 麦、畑、まばらな家々、こゝらも都のうちなのかしら! お蝶は、樽野の悴が、何処かその辺を歩いてゞもゐれば好いが――そんなことを割合にほんたうらしく想ひながら、畑中の道を眺めたり、何時でも直ぐに降りられるやうに支度したまゝ、止る毎に窓の外に見得もなく乗り出した
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