あ》ちやん、あく?」
「気分が悪いの?」
 お妙《たへ》は、うしろ向きになつて硝子戸に顔をおしつけたぎりで、降りる停車場を気をつけてゐたのである、お蝶に云ひつけられたまゝに――。「悪いの?」
「悪いといふほどでもないんだけれど……」
「あたしにあけられるかしら!」
 訪ね先きに悪いと思つて、わざとあたり前の小娘風にお妙をつくつて来たのであるがお蝶は、気にして見る度に、そのために二人の気分までが窮屈になつてならなかつた。斯んな時には、ひよいと知つた人にでも遇ふものだ、遇つたら敵《かな》はない……お蝶は、自分の考へてゐることがわけもなく苛々して、心細く、気づくと吾ながら可笑しかつた。
「気分は、別段悪くもないけれどさ、妙ちやん! これぢや、この騒ぎぢあ、聞き損ふかも知れないからさ……」
「大丈夫よ、それは――あたし。」
「いゝえ、いけない――あけておかう。」
 二人がかりで窓をあけようとしてゐると、得体の知れない西洋風のお面を頭の上にのせてゐる酔つた人が、つまらない冗談を云ひながら手伝つて呉れた。
「――済みません。」
「……お嬢さんには……」と称《よ》ばれた。他の言葉はお蝶には聞きとれなかつた。性《しやう》は、とつくに悟られてゐて、反《かへ》つて冷かされたのではないかしら(お嬢さん、だつて!)――お蝶はそんな気がした。
 と、称ばれたお妙も、顔をあかくして可哀相にチラリとお蝶の眼をわけありさうに見た。平気に――とお蝶は眼で合図した。そして、努めて慎ましやかにその花見の人に愛想を述べた。
――「ア――といふ停車場は、まだ余程先きでございませうか?」
「ア――? ……君、知つてゐるか?」と、その人は伴れを振り返つた。
「ア――だつて? 知らないな。」
 ……お蝶は、凝つと眼を視張つて、お妙と顔をならべて、窓の外を見守つてゐた。二人は物も云ひ合はなかつた。――汽車路を走る電車なのだが、いやにこせ/\と走つたかと思ふと直ぐに停車場だ。止つたかと思ふと直ぐに走り出す。始めて乗る人などは、眼中にもないやうな、そんな気がした。
 麦、畑、まばらな家々、こゝらも都のうちなのかしら! お蝶は、樽野の悴が、何処かその辺を歩いてゞもゐれば好いが――そんなことを割合にほんたうらしく想ひながら、畑中の道を眺めたり、何時でも直ぐに降りられるやうに支度したまゝ、止る毎に窓の外に見得もなく乗り出した
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