いて「何をしてゐるの、裸になんかなつて!」と照子が、堪らなさうに笑つた。Fは、苦い顔をして横を向いてゐた。私は、今自分に言ひわけしたことゝ、同じ返答をしながら、惶てゝ着物を着たのである。
「運動をする位ひならば、妾達と一処に海岸へ行けば好いのに。」と、Fは不平さうに呟いだ。
「今日は随分大勢泳いでゐたわよ。」
「僕は、仕事が終らないうちは、出かけられないと云つてゐるぢやないか、大事の仕事が眼の前に控えてゐるんだ。」
私は、さう云ひ棄てゝ、静かに自分の部屋へ入つて行つた。――(四五日も続けて、今日位ひ熱心に練習すれば屹度大丈夫だ。鉄瓶の沸るのを見て、蒸汽機関を発明した人だつてあるぢやないか。)――十三年十二月――。
彼は、附け足してさう読み終つたが、一刻前の憤慨や焦慮が滑稽に思はるゝばかりだつた。
「久し振りに散歩がてら、Bを訪れて見よう。今日のやうに好く晴れた冬の景色は、一番好もしいに違ひない。」
彼は、そんなことを思ひながら、スポーツ刈りの頭を振つて、勢ひ好く立ちあがつた。[#地から1字上げ](十四年二月)
底本:「牧野信一全集第二巻」筑摩書房
2002(平成14)
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