月へかゝつて「△△」といふ雑誌の為に書いた小説なのである。その雑誌は、翌月号が出ないうちに、突然解散することになり、『或る日の運動』は校正刷りになつて彼の手もとへかへつてゐたのである。――彼にとつては、決して発表したい程の小説ではなかつた。だから彼は、反つて安易な心で、それは書き損ひの原稿を容れて置く箱の隅に投げ棄て放しにして置いた。……余談だが彼は、書き損ひの原稿を丹念に溜めて置くといふ無駄な癖を持つてゐた。
ずつと後にでもなつて、余程退屈な時でもあつたら『或る日の運動』は、細かく書き直さうといふつもりだつたのを、何故彼が、間もなく何の訂正も施さずに、この某誌なる雑誌に登録することを承知したか? といふ説明は省くが、兎も角彼は、それを新しい「某誌」に出したのである。彼が持つてゐた校正刷りとは別に、「某誌」の方から第三校といふ誌のついた校正刷をとゞけて寄したので彼は、今まで見たどんな校正刷りにも、それ程夥しい誤植活字のあるのは見たこともないそれを、厭々ながらたゞ誤植個所を指摘して置いたのである。活字になつてゐる文章を訂正したり、増減したりすることは彼は、常々から好まぬことでもあつた。
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