だ。
(おなつかしきお兄様、御帰省なされていかにお暮しですか、周はいつぞやお兄様と日比谷を散歩したときのことを嬉しく思ひ出してゐますのヨ、あの時のお兄様のおやさしきお言葉……おゝ周の小さな胸は高鳴ります……詩をつくりましてよ、ホヽヽ、お見せしようか、よさうか、でもお笑ひになりはしないこと、それは/\拙いのよ、ホヽヽ。)
読みかけて彼は、凝つとしてゐられなかつたが、辛うじて酒で紛らせて、
「手紙ぢやないんですよ、誰かのいたづら書きでせう。」と云ひながら、母に気づかれないように、ふところの中でそつと苦茶苦茶にまるめた。
「せめて体の丈夫なところが取得かね。」と、母は蔑んで笑つた。
「体だつて、此頃はさつぱり丈夫ぢやありませんよ。」
「だけど、それはお前が悪いんだもの。」
遠くの、斯んな種類の家庭に伴れて来られて、常にそんな風に扱はれる周子の身を慮つて、彼は憐れを覚えた。彼女は奥の部屋で、意地悪な夫と姑の微かなセヽラ笑ひを耳にしながら、兄弟や両親のことを考へて、鬼の住家にでも囚はれの身になつた想ひに走つてゐることだらう――彼は、そんな風に察したりした。
それにしても、東京に来てからの彼
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