醒めることが多いだらう。」
友達の一人が、彼に親切にさう云つて呉れたことがあつた。そして彼を本位にして、いろいろな忠告を与へて呉れた。彼は、自分を本位にされて快い忠告など与へられた験しがなかつたので、内心では可成り嬉しかつた。だが彼は、我儘者とか、甘やかされて育つたとか云ふ言葉を、好き意味に解釈して、嘗てそんな甘さに酔つたこともない癖に、わざとらしくそれらの言葉を、羞むやうに点頭いて受け容れた。さういふ態度をすれば、自分に対する相手の好意が更に増すであらう、などゝいふ風な狭い考へがあつた。相当の年齢に達してゐるにも関はらず彼は、幼稚を衒ふ婦のやうに姑息な心をもつてゐた。一体彼は、他人と相対してゐる時は、たゞでさへ朧気な己れの個性は悉く消滅してしまつて、鸚鵡の如くひたすら相手の気嫌を伺ふやうな心にのみなつてゐるのが常だつた。或る時は強がり、或る時は弱がり、或る時は神経質がりするが、それは悉くピエロの仮面を覆つた功利的の伴奏に他ならなかつた。自信がなくて、さういふ結果になる彼だつたから、独りの時は何の思想もない、たゞ人形の姿を持つた一個の物体に過ぎなかつた。だから多少でも他人の心の解る程
前へ
次へ
全83ページ中66ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング