かな……」
「ぢや皆なで唱歌を歌ひませうよ。汽車の歌ならあたし知つてるわ。」と、隅の方にゐた小さな雛妓が云つた。
「うむ、やつて見ろ。」
「合唱よ。」
「皆なでやつて見ろ。」
「――遠クニ見ユル村の屋根、近クニ見ユル町の軒、森ヤ林ヤ田ヤ畑、後ヘ/\ト飛ンデユク――廻リ灯籠ノ絵ノヤウニ、変ル景色ノ面白サ、見トレテソレト知ラヌ間ニ、早クモスギル幾十里――」
「何だか面白くねえな。何かもつと景気の好い歌をやつて貰はうか。お園さん、喧嘩ぢやないんだから阿母に電話をかけて呉れよ、さういふわけでね、阿母を気の毒に思ふのさ、だから一つ大いに仲善く……まつたく親父は酷いよ、自分が勝手なことばかりして罪もない阿母の悪口を云ふなんて……」
「そのおつもりで、これからは沢山親孝行をしなければなりませんね。」
「うむ、解つてゐるとも。屹度来るから呼んで呉れ、俺が酔つ払つてしまつて、如何しても阿母が来なければ帰らない、と云つてゐると――さう云つて呉れ。」

[#5字下げ]九[#「九」は中見出し]

「君は甘やかされて育つて来たんだよ。そして、兎も角我儘者なのだ。この先多くの苦しい人生の経験に出遇つて、いろいろ眼
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